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やま猫SOMETIMES

2009年に亡くなった漫画家・エッセイスト、やまだ紫のブログを移植しました。

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新幹線日記 8

三連休最後の日、日帰りで京都へ。
朝7時半に自宅を出て9時過ぎの東京発。私は乗り物の中では眠れないほうなのだけれど、前夜就寝が2時頃だったので、さすがに眠気がさしてきてうとうとした。あとは音楽を聞きながら…眠くても上天気だったので「富士山」は見逃さなかった。いつ見ても嬉しい。
 昼ごろ研究室着、担当年度の学生の進級成績を順番に並べたあたりで、一時。教授会に出席。
学部長のM先生は「教授会だけのために日帰りで来なくともいいです」と言って下さったけれど、今回は4回生ゼミで保留になった人がいたので、その保留を解除するための呼び出し相談や他の自分の未経験さの保留?もあった。
20時過ぎの新幹線に乗る。京都駅地下鉄改札前にある「進々堂」というパン屋さんがおいしいので行けば買うし、帰りにも買う。あとは時により、天々の餃子や赤福を買ったりする。また京都の新幹線口内には安いのにとても美味しい駅弁がある。遅くなると売り切れになる場合もある、この日はまだ夕方7時頃なのにお弁当はすべて「売り切れ」になっていた。連休の最後の日で人手が多く、すべてが売り切れ。そして人が多くてザワザワしている。
お弁当を帰りに買うのは新幹線の中で食べる為ではなく、「美味しい」のを知っているから連れの分と二つ買って家で遅い夜食にする為。多分料亭の仕出しではないかと思われる。和食で一つずつの素材の味が出ていて好き嫌いの多い私でも食べきれる。
好き嫌いの多い私に対して、自分の連れもそうですが「出された食べ物を残さない」人を私はとても尊敬しています。私は残してばかりでいつも恥ずかしいい思いで残飯をあとにしているのですが、ご飯も三歳児くらいの量(ってどんなだ)で肉は食べない、納豆や海苔や佃煮や漬物とか、トリのような食生活なので知り合いと食事を同席するのが辛い。たまには「焼肉」に行くし、レバー刺やユッケは食べるというイカレた奴で申し訳が無い。…なんの話だっけ? 
京都駅の食べ物関連について語ってしまった訳だけれど、一年通って少しずつ「いい店」をチェックし始めたというかんじでしょうか。
東京という都市の食べ物に関する「勘違い」を思う。都市周辺のあらかたの食べ物やは「不味い」少し美味しいかと思うと値段が高いとか店主が勘違いをして態度が悪いなどがありがちな話。
沢山を食べない自分や難病と共存している連れは一食々々が大切な行事でもある。自宅でもなるべく気をつけて食べ物を選択しているが、外食はなお更に大切だ。
 帰りの列車で読んだ本。「そして殺人者は野に放たれる」日垣隆著、新潮文庫。
連れがアマゾンで取り寄せていてモノを出掛けにさっとバッグに入れてきたもの。読み始めていきなり「序章」に「我が子を通り魔に殺されて」とありドキッとした。精華の千葉君の事件がまだ記憶に生生しい。そのまま読み進む。1996年、24歳になるりょうりやの跡取りを真昼間通り魔に殺された母の一文がのっていた。
途中からの引用で申し訳ないが以下に…
 …
 しかし加害者や法や社会に対して
 息子を返してくれ!
 と無理難題を言っているのではない
 違う
 被害者としてそれを言ってはいけない
 そう思う
 でもーー
 意見を述べる時は
 やはり凛として誇りを忘れずにいたい
 そうしなければ
 自分がだめになってしまう気がする
 
 <雅生
 一度だけでいいから
 帰ってきてお願い>
 
この一文を読んだとき満員列車の中で泣けた。胸がヒリヒリと痛んだ。そして満員列車の中の誰もが他人に無関心な事を安堵した。
この本はこういった理不尽な殺人や犯罪者を日本の法律が「心身喪失」「心神耗弱」などの精神鑑定で刑を軽減していく実際をいくつもの犯罪例をあげて読者に突きつけてくる。
周防監督がいみじくも「それでも私はやっていない」という映画制作のために裁判を傍聴して「裁判」というもののねじれた仕組み、法の異系を語っていたが、「人を二人殺せば死刑だ、ふたりも三人も同じだから何人でも殺してやる」と確信犯てき殺人をした挙句精神のさ病をしてわずかの刑で出所し、精神病院へ移送されてうやむやのうちに開放される、という恐ろしい事実について調査したレポートしたと言ってよい本だ。一読を推したい。
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