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やま猫SOMETIMES

2009年に亡くなった漫画家・エッセイスト、やまだ紫のブログを移植しました。

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新幹線日記 10

4月1日から12日まで、今までで一番長い滞在になる、が、中2日不具合がでて一旦自宅に帰った。調整して直ぐ京都へ。
桜の季節でどこもかしこも大変な人混み。だった。
「だった」のは書き出して数日たっているからだ。途中で下書きを放っておいた。次の日の病院予約時間が早かったことを思い出して寝る事にしたのだった、なんていい加減なやめ方なんだろ。
なんだか毎日出かけるところが「歯医者」「皮膚科」「心療内科」「毎月のかかり付け内科」「MRIの結果を聞きに」「眼科」とすごく病気だらけの人間みたいになっている。実際はほぼ大丈夫になっていて元気なのだけれど、以前に大きな病気を沢山して「誤診で!腎臓摘出!!」までしているから身体に敏感に反応せざるを得なくなっているのだ。(癌だから手術しないと余命三ヶ月だと宣告されたんだぜ!)取って検査したら単なる「脂肪腫」で、でも大きかったから取らなかったら破裂する可能性があった、とかいうの。どこの病院のなんという泌尿器科の医師か聴きたい医師会の人はメールを下さい、教えます。この医師は手術の際腸を押さえている筋肉の束と神経の束を横一文字に断裂した、と術後にサラッと言った。私は驚いて「それは元に戻るんですか?!」と尋ねたら「戻りません」と今度はしれっと答えた。それから地獄の様な痛みの日々と、取ったほうの側のお腹がブックりと身体の枠からはみだして今でも二重のコルセットで流れ出ようとする腸を押さえつけて暮らしている。そんな状態なのになぜ誤診、誤手術で訴えなかったのかと、思うひともあるとおもうが、それど頃ではない激しい痛みでのた打ち回っていたのだ。モルヒネより一つ手前の強い痛み止めの点滴で、どうにか一時しのぎが出来るかどうか、という状態げ二年いた。痛みで飲食が出来ずに痩せて37キロまで体重が減り、それ以上は怖くて体重計に乗れなかった。そのトンデモ医師を教えた医師も、その医師が手術の多さを自分の医師としてのレベルの高さに置き換えている、という指摘の同意していた。
こんなのをのさばらせていていいんですか?医師の皆さん。元気がもどった今でも低気圧が来ると痛みがくるんです。こんなことを誰もしないで下さい!
 といつの間にか怒りがこみ上げてきて話が本題から大きく反れましたが桜です。東京では桜並木にピンクと白のコンビの提灯をぶら下げる、その下で宴会をやる、酒を飲んで吐いたりもしてひどい品性下劣な「場」になっていることが多い。
私と連れ合いは近所の公園に桜を観に散歩に出かけたのだが、その状態だったので、すっかり嫌になってタクシーを拾ってかつて入院していた病院の近くにある桜並木まで行った。なにも取り付けた飾りがなく、近所の人達がそぞろあるいては桜を見上げていた。そういうところを失くさないで欲しい。
この回の学校の後半には毎年春秋に京都に旅行にくる母が、姉と共にやってきた。いつもは安いビジネスホテルに泊まっているが、母達と合流するとなるといい加減なところに泊まるわけに行かない。
母達のホテルに移動した。
授業の終わりの日、母と姉が暗い中、学校まで来た、研究室が隣の竹宮惠子先生がまだおられたので、母と姉を紹介した。竹宮先生もお母様がお元気でおられるということ。
私の母は京都のホテルで80歳の誕生日を迎えた。母はまだとあるところで、相談者として現役で働いている。少々膝をいためているが仕事が夜間に及ぶこともある。この歳で元気で働いていてくれるkとが何より有難い。学校で待っていてもらったタクシーで夜、ライトアップされた桜を見物に行った。二条城と高台寺とそれぞれ見事だった。この桜も夜間には眠ってもらいたい。
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